今夜もビアスタ広島で乾杯!!
広島・薬研掘の店内禁煙のビアスポーツバー「BEER STADIUM HIROSHIMA」店主パッチのあれこれ・・
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パッチが見てきた被災地~閖上地区~
4月の2周年祭が終わった時期に東北に行ってきました。

そこで僕が見て感じたことを書きます。

まず仙台駅に着いて乗ったのは「語り部タクシー」

地震や津波の被害を語って頂きながら規定のルート回ってもらえるサービスです。

僕が乗った運転手さんも仙台市内で被災された方でした。

語り部タクシーに乗ってまず向かったのは

宮城県名取市閖上地区
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震災から二年、初めて見た被災地。

一言で言えば「何もなかった」です。

瓦礫もほとんど無く綺麗にされていました。

タクシーの中から見回してもほとんどが平地。

目に付くのは所々に残っている一階が壊れた家と、

流れずに残った家の基礎。

運転手さんに「ここには何屋さんがあったんですけど」と説明されるんですが、

正直何の想像もできません。

皆さんはどうですか?

この画像を見て、「昔ここにはたくさんの家があった」と言われて想像できますか?
IMG_1084_R.jpg
IMG_1083_R.jpg

しばらく進んでから二枚の写真を見ました。

鳥肌が立ちました。

この写真でようやく少しだけリアルになりました。
IMG_1090_R.jpg
【2001年9月】
IMG_1091_R.jpg
【2011年3月27日】

これだけの家が流されるまでの時間が、

わずか4分ほどだったそうです。

津波の高さは高い所で約10mと言われています。

海岸近くなら家の二階にいても家ごと流されるんです。

この地域には高い山もマンションもありませんでした。

津波に耐えれたのは小学校などの建物だけです。

そしてさらに悲しい事は、

津波を甘く見ていた人が沢山いたとの事です。


14:46 地震発生

14:50 大津波警報 津波の高さ6m・到達時刻は15:00と予測

多くの人が一度は小学校などに避難した。

が、津波は来ない。

15:14 予測の津波の高さを10mに変更

しかし、津波は来ない。

ボチボチと、

家の様子が気になったり、

もしかしたら取り残された人を助けに、

避難所から離れる人が何人もいたとの事。

しかし、地震発生から1時間6分後

15:52 津波第一波が到達

そのまま避難所にいれば助かった命も少なくなかったそうです。

中には歩道橋に避難した人もいたとの事です。
IMG_1082_R.jpg
3月の東北。

屋根も壁もないこの歩道橋で一晩過ごすのは過酷さは想像もできません。

ましてや真下には濁流とそれに流された家や車があるという環境。

話を聞きながら、何も言葉を発することができません。

ただただ、涙が流れるだけです。

次に向かったのは閖上中学校。
IMG_1096_R.jpg
地震の時刻で止まった時計。

この日は卒業式だったらしいです。

そんな日に14名の若い命が失われました。
IMG_1101_R.jpg

海岸線から約2kmも離れたこの場所にも津波は来ていました。
IMG_1098_R.jpg
見えにくいかもしれませんが、壁に津波の跡が残っていました。(約1.6m)

1.6mの津波。

これもまた想像できませんよね。

この場所を訪れた後YouTubeで色々調べてたら、

まさにこの中学校から撮影された映像が公開されていました。

かなりショッキングな映像です。

心して見てください。
http://www.youtube.com/watch?v=qxJ5BKqbJdg
最初見た時、自分がさっきまでいた場所の映像だと思うと最後まで見れませんでした。

自分の住んでいる町が流された日。

この日から2年が経ちました。

確かに、瓦礫のほとんどが撤去されて「キレイ」になっていました。
IMG_1093_R.jpg
ここまでにしたのも凄いことだと思います。

でも、まだ「マイナスがゼロになっただけ」だと感じました。

これが震災から2年後の「復興された町」でした。

これまでの瓦礫撤去などは自衛隊やボランティアの人で出来ました。

でも、これからは個人の頑張りだけではどうにもなりません。

この閖上地区をはじめ津波を受けた多くの沿岸地域では、

「人が住んではいけない地域」になっているそうです。

では、そこに住んでいた人達はどうするのか??

行政に判断を委ねないといけません。

中には、「土地を買い取ってほしい」という人がいる。

「新しい場所に住まいを作ってほしい」という人もいる。

「それでもまた同じ場所に住みたい」という人もいる。

そんな意見を聞きながら決断をしかねる行政。

ある人がおっしゃっていました。

「何でもいいので、早く決めて欲しい。じゃないと、先が見えない。どんな光でもいいので、先を照らす光がないと進めない」

運転手さんの話では、

震災後、震災のショックや将来の不安を原因に、

未だ自らの命を絶つ方が絶えないそうです。

せっかく地震からも津波からも生き残ったのに・・

被災された方が本当に意味で「復興した」と思えるのはいつになるのだろう・・



震災はまだ終わってないと思いました。



そして、



「復興」という言葉の意味をもう一度考えることにしました。
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